奥さんは溺死させたらどう?(ムルナウ「サンライズ」)
ムルナウの『サンライズ』は、若い夫婦の試練を描いた映画。
ある夏のこと。都会の女が静かな避暑地の村に来る。そして、村に住む男をたぶらかす。
男には妻がいるが、都会の女に首ったけになる。
次のシーンは、都会の女が男に「都に来ない?」と誘い出すシーン。
「畑を売って都に来ない?」
「女房は?」
「奥さんはー
溺死させたら どう?
舟を沈めれば事故に見えるわ
すべてを捨てて都に来て!
都に来て!」
素晴らしいシーンだ。近代以降の男と女の姿がわずか2分ちょっとの映像に凝縮されている。
「女/男」「都/田舎」の二分法を軸に展開されているが、主人公が「都の女」と「田舎の男」である点にまず注目したい。
近代以前は「都の男」と「田舎の女」と相場が決まっていた。『ドン・キホーテ』しかり、『ドン・ジュアン』しかり、はたまた在原業平の『伊勢物語』しかり。
だが、近代化して女性の地位も少し上がり、鉄道が発達して移動も楽になると、女性も簡単に旅行できるようになった。
こうして、狂騒の20年代のファッションを身にまとったオシャレな都会女が田舎にやって来たのである。
次に、シーン全体を見ると、田舎の男の無邪気さに驚かされると同時に「いつの世も男ってバカね」と微笑を禁じえない。
都会のオシャレな女の誘惑にホイホイと乗っているが、その一方で奥さんや畑を捨てる気もない。都会の女と駆け落ちすることが犠牲を伴うことを全く理解していないことが「女房は?」のセリフで露見する。
そこで、都会の女は「妻を殺せ」と説得し始める。
この手の会話は現代のサスペンスドラマでもよく見かけるが、『サンライズ』のすごい点は、映像の力で都会の誘惑を観客にもはっきりと見せつけることだ。